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東京地方裁判所 昭和31年(ヨ)4076号 決定

申請人 富田正 外一名

被申請人 メトロ交通株式会社

主文

1、申請人等の本件仮処分申請はいずれもこれを却下する。

2、申請費用は申請人等の負担とする。

理由

第一  申請の趣旨

申請人等は

「申請人が申請人富田に対し昭和三一年七月二一日、申請人沢田に対し同年八月六日した各解雇の意思表示の効力を停止する。」との仮処分命令を求めた。

第二  当事者間争ない事実

申請人富田は昭和二八年二月一六日、同沢田は昭和二九年三月三一日タクシー営業を目的とする被申請人(以下、会社という。)に自動車運転手として期間の定めなく雇用されたが、会社は申請の趣旨記載の各日時申請人等に対し、就業規則第七八条(左の各号の一に該当するときは懲戒解雇に処する。ただし情状により出勤停止に止めることがある。)の第八号(業務上不当に自己の利益を図りもしくは図つたとき)に該当する事実があるとして、三〇日分の平均賃金を提供して解雇の意思表示をしたことは当事者間争ない。

第三  申請人富田の解雇について

一  会社は申請人富田の解雇の理由として同申請人が昭和三一年七月一三日午前一時頃横須賀市本町より横浜市神奈川区六角橋まで婦人客を乗せ料金一一六〇円を受領したのにかかわらず、会社に対しては横須賀市本町より横浜市鶴見区生麦まで客を乗せ、メーター指示料金一二四〇円となつたが、客との交渉により運賃は八〇〇円と値引していたので、受領した金額は八〇〇円であつて差額四四〇円は客から貰えなかつたものとして運転日報に記載して納金し、結局実際の受領料金一一六〇円と納金額八〇〇円との差額三六〇円を不正に収得したものであつて、同申請人の行為は前掲就業規則第七八条第八号に該当すると主張し、右事実のうち納金までの事実は同申請人も争わないところである。

二  同申請人は(イ)当日は昼間のうち横浜市西区平沼で客から戸塚までいつも小型で三〇〇円で行けるから、中型なら三五〇円で行つてほしいという話があつたため、交渉の末四〇〇円で行くこととし、メーター指数五四〇円のところ四〇〇円を受領し、そのためメーターとの差額一四〇円が生じ、更に(ロ)前記六角橋の婦人客が下りた直後与太者風の男が同申請人において断つたのにかかわらず強引に乗り込んで来たので止むなく東神奈川まで運び、他の車へといつて金を貰わずに下りて貰つたが、その際先客のメーターを起すのを忘れていたので、一一六〇円のメーターは、一二〇〇円を示してしまつた事情があつたが、(イ)は昼間からの値引なのでこれをそのとおり日報に記載して会社から痛くもない腹をさぐられるのも嫌だと思い日報に受領料金五〇〇円と記載し、メーター差額合計一八〇円((イ)の差額一四〇円、(ロ)の差額四〇円との合計)を(ロ)の一二〇〇円より値引分として差引いて記入することとしたが、日報に実際に記入するに当り(イ)の日報上の受領料金五〇〇円と(イ)の実際の受領料金四〇〇円との差額一〇〇円をも加え合計二八〇円のメーター差があつたものと誤解し、(ロ)の受領金一一六〇円から右二八〇円を差し引き残金八八〇円となるが、これでは端数がついて値引額としてふさわしくないので八〇〇円とし、これを(ロ)の受領料金として記載し、日報上の料金の総計とメーター指数とを合わせるため、日報上(ロ)は一二四〇円のメーターが出たこととし、これを受領料金として記載した八〇〇円との差額四四〇円は値引きしたように記入したもので、単純な計算違いであると主張する。

三  しかし同申請人のいうとおりとしても八〇円(前記八八〇円では値引額としてふさわしくないとして八〇〇円としたその差額)は故意に実収より低く金額を記載し、その差額を自己に領得したものといわなければならない。

そして計算違いの点については、同申請人が昭和二八年二月以降タクシー運転手をしていてその間計算違いをしたこともなかつた者が同申請人のいうとおりとしても、合計一八〇円の値引に当る実収入とメーターとの差額を生じたのに過ぎないのに四四〇円の値引をしたものと記載してあやしまなかつたとはたやすく肯認できないところであつて、この点に関する同申請人の主張は疎明がない。

なお、タクシー運転手がメーターの表示料金を読み違えたり、客から料金を受けとつた後でメーターが上るようなことは絶無とはいえないかも知れないが、このような例外的事情が一日のうちに頻発するものとは考えられないから、このような事情があるからといつて、同申請人が計算違いをしたものと推認するに足りる事情となるとは認められない。

四  従つて以上の事情から見て、申請人富田は自己の領収した営業収入を会社に対し少くとも金二六〇円(日報上の値引分四四〇円と同申請人のいう実際の値引額一八〇円との差額)少く報告し、その差額二六〇円を自己に領得したものと認めるのが相当であつて、右の行為は就業規則第七八条第八号に定める懲戒解雇の事由である業務上不当に自己の利益を図り若しくは図つたときに該当するものというべきである。

そして疎明によれば、メーターと運転日報によつて運転手の営業収入を知る以外にない会社は料金の不正を最も強く警戒し、申請人富田の所属する会社神奈川営業所においても所長名義でメーター操作について不正を発見したときは懲罰にする旨告示し、そのようなことのないよう注意していたことが認められるから、申請人富田の行為は不正収得の金額が少ないといつて解雇に価しないとはいえないところである。

五  申請人富田は、会社がこれまで成績も優秀であつた同申請人に一度の戒告もなく直ちに解雇したものであるから、かかる解雇は解雇権の濫用として無効であると主張するが、前認定のように会社として全従業員に予め注意を促しており、また同申請人に対しては本件解雇前にも退職願を出すよう勧告していたことでもあり、更に同申請人の行為自体重大な義務違反でもあるので、同申請人に対する解雇が社会的に不相当とは認められず、解雇権の濫用とは考えられない。

六  申請人富田は、同申請人に対する解雇は、右行為を理由とするものでなく、真実は同申請人の所属するメトロ交通労働組合(以下、組合という。)が昭和三一年六月二七日夏期手当を要求してその貫徹のため組合員二名がハンガーストライキをしていたため、会社は同申請人の組合脱退のため種々工作をしていたが、同申請人が組合脱退をせず会社と抗争を続けていたので、組合を切り崩す目的でなされたもので、同申請人に対する解雇は不当労働行為として無効であると主張する。

1  申請人富田が(イ)昭和二八年一〇月組合神奈川支部が結成されたとき組合に加入したこと(ロ)同組合は昭和二九年一二月より翌三〇年二月までに争議を行い、同申請人は右争議に青年行動隊員として参加し、街頭で資金の募集をしたり、ビラの配布、街頭行進などしたことがあつたことの疎明がある。

しかし右はいずれも解雇前一年有余も前のことであり、同申請人の右行為が特に他の組合執行部員や青年行動隊員のそれと違つて会社側から注目されたと認めるに足りる疎明はないので、右の行為が同申請人の解雇を決定する理由となつたことは認められない。

2  次に同申請人が昭和三〇年五月組合執行委員長大原道彦が委員長になつた直後職制に転じて非組合員となつたことを委員長代理の選挙の際非難したと主張し、その疎明はあるけれども、このことが会社側に知られていたことの疎明はなく、仮に知られていたとしても、この発言は同申請人の解雇前一年二月も前のことであり、大原の右行動に対して組合員は一般に好意を持つていなかつたと認めるのが相当であるので、特段の主張、立証のないかぎりこのことを直ちに同申請人の解雇を決定する理由となつたと認めることはできない。

3  同申請人は会社が昭和三一年二月予備員を変更しようとしたことを実質上班長制を復活しようとするものとして組合が主催した抗議大会において予備員変更について説明のため出席した本田神奈川営業所長に強く抗議したと主張する。

同申請人が右席上本田所長に対し発言をしたことの疎明があるが、組合としても予備員の変更には反対であつたので他にも相当の抗議的発言があつたことが認められ、同申請人の発言は甲第二号証(支部記録)の記載から見ても、他の発言に比し特に会社から注目される程強い抗議的内容であつたとまでは認められない。

4  同申請人が昭和三一年五月末の組合大会において夏期手当を要求すべき旨の発言をしたことの疎明はあるが、このことが会社側に知られていたと認めるに足りる疎明はなく、仮に知られていたとしても、同申請人もその発言が大会をリードする程までの発言でなかつたことは自認しているところであるので、この程度の発言が特に会社側の注目するところとなつたと認めるに足りる疎明はない。

5  同申請人が昭和三一年七月上旬予備員横山から組合脱退の勧告を受けていた組合員中山に対し組合脱退を思いとどまるよう説得したことに対し、横山より人を介して「よけいなことをする。」といわれたことの疎明はある。同申請人は横山が会社の指図によつて右行為をしたと主張するようであるが、これを認めるに足りる疎明はなく、横山は第二組合結成に参加し、その執行部に入つた人であるから、右第二組合が会社の意図に基いて結成されたことの立証のない本件では横山の右言動は、その頃結成された第二組合と組合との組織競争における一紛争と認めるのが普通であつて、かかる事情は、同申請人に対する解雇が不当労働行為を構成することを推認せしめる事情とするに足りないものと思われる。

なお、申請人富田が同年六月二七日会社の指図を受けた横山より組合脱退をすすめられたことについては疎明がない。

6  同申請人は、「同申請人が右横山よりの脱退勧告を拒否したが、横山は会社の指図によつて動いていたものらしく、その後会社赤坂係長より自分はお前を特に目をかけてやつているのに俺の好意をけつて反対するといわれるなど種々精神的圧迫を受けた。」と主張する。

同申請人が昭和三一年六月二七日ストライキ以後赤坂係長から「同年二月に君を予備員に推薦したが、君は組合に入つて会社にはむかうのでだめだつた。」といわれたことの疎明はある。しかし会社が同申請人を予備員にしなかつた時期は昭和三一年二月であつて、このことは時期的に見て同申請人の主張する横山に対する「組合脱退の勧告拒否」があつたとしても、これとは関連があり得ない。

なお、右疎明により、会社は同申請人の組合活動を見て同申請人を会社の意を受けて動いてくれる職制的人物とは考えなかつたと認めるのが相当であるが、その反面係長の一人が同申請人を予備員に推薦した点から見ると、同申請人の組合活動が会社から顕著に嫌われていた程でもないと認めるのが相当である。

7  同申請人は前記一において認定した横須賀市本町より横浜市神奈川区六角橋までの乗客は、前記赤坂係長より特に同申請人の車に乗るように依頼された客であつたことの疎明を提出している。

同申請人はこの点についていかなる主張をするのか明確でないが、同申請人の組合活動を会社が嫌つて同申請人を解雇するための口実を求めるため、同申請人が料金上の計算違いないし不正行為をする機会を作つたもので、結局同申請人に対する解雇が不当労働行為であると主張するにあるものと思われる。

しかし、疎明によれば、右乗客のしたことは、申請人富田の車に乗つてメーター指定の料金を払つたというだけであつて、同申請人に対し料金不正をするようにすすめたり、メーターの不正操作をするようさそつたり、又は右のようなことをしやすいような行動をとつたりしたことは全然なかつたのであるから、会社が同申請人をこのような試みに合わせたとしても、同申請人の料金に関する不正行為は何人からも誘発されたものでないのであるし、またこのような試みに会つた場合タクシー運転手はすべて料金上の不正をするものと認めるわけにはいかないから、同申請人の料金上の不正行為は単に本件解雇の口実にすぎないとまで認めることはできないところである。

8  同申請人の提出する原四郎の疎明書等に見られる会社神奈川営業所内における組合員と第二組合員とのいわゆる「差別待遇」は、この点に関し同申請人がいかなる主張するか不明確であるが、同申請人の前記料金の不正収受に対する会社側の就業規則の適用が特に不合理とも認められず、また第二組合員の同様の行為に対する場合と違つた措置であるとの疎明もないので、右疎明書記載の事情が、本件解雇を不当労働行為であると推認しなければならない事情とは考えられない。

9  以上によれば同申請人は会社からまじめな組合員であつて、会社の意のままに動いてくれる人物でないので好ましくないと思われていたとしても、同申請人の組合活動が顕著であつて特に会社から嫌悪されていたと認めるに足りる疎明がないから、結局前記四認定の同申請人の料金不正行為と対比して考えてみれば、同申請人に対する料金不正の解雇の理由が単に口実ないしは従たる理由にすぎないとすることはできないところである。

従つて、同申請人に対する解雇が不当労働行為として無効であるとの主張はこれを認めるに足りる疎明なきに帰するというべきである。

七  以上のとおり、同申請人に対する解雇が無効であり、依然会社との間に雇用関係が存在するとの主張はいずれも理由がない。

第四  申請人沢田の解雇について

一  疎明によつて認められる申請人沢田の解雇の経緯は次のとおりである。

1  会社は昭和三一年四月一九日東京都旅客自動車指導委員会から同申請人の運転する車輛が三原橋附近でメーター不倒をしていた旨の報告を受けたが、右報告書の到着にさきだち、同申請人からその属する係の長頓所皇平に銀座でつかれて寝ていたところ不意に客からおこされたため、メーターを倒し忘れた旨の申告があつたので、頓所係長もそのようなこともないではないと思い、今後はそのようなことのないよう注意したにとどまつた。

2  しかるに同年四月二八日、五月二日右委員会から(イ)同申請人が営業中四月二六日午後一〇時二〇分吉祥寺踏切において、(ロ)同月二九日午前零時四五分中目黒交叉点においていずれもメーター不倒行為をした旨の報告があつた。

3  そこで会社東京営業所長の命を受けた赤荻係長、頓所係長が申請人沢田について調査したところ、同申請人は右(イ)(ロ)のメーター不倒の事実を認めたので(同申請人は、右(イ)(ロ)のメーター不倒の事実は全く身に覚えがないところであつたが、赤荻係長から後記の誓約書さえ書けば、それですむからといわれたから形式上右事実を認める書面を作成したに過ぎないと主張するが、これを認めるに足りる疎明はない。)赤荻係長は、懲戒になるよりよそへ行つた方がよいのではないかと勧告したが、同申請人は、会社々長あてにメーター不倒をしたことは申沢ないが、今後くりかえした場合は懲戒解雇を甘受するからよろしくお取り計い願いたい旨の誓約書と題する書面を提出した。

4  会社側は、申請人沢田が退職願を提出するものと予想していたが、同申請人はこれを提出しないので、同申請人が入社に際しての紹介者であり、親戚である会社自動車運転手山崎栄太郎に同申請人を退職させるように依頼したが、山崎は同申請人とも相談し、会社弁野常務等に同申請人が会社にいられるよう種々陳情したので、結局会社は同月一〇日しばらく同申請人の勤務振りを見てから処置をきめようということになり、同申請人が(イ)今後料金に関する不正行為は一切しないこと、(ロ)指導委員会よりメーター不倒に関する報告は受けないこと、(ハ)右職中同種車輛担当者のうち、その営業成績を綜合比較し上位を保持すること、(ニ)みだりに欠勤、遅刻、早退等をしないこと、(ホ)就業規則を遵守すること等の条件を守つて行くならば、前記メーター不倒行為に対する処分を留保することとし、同日同申請人はその条件を守り、若しこれを履行しないときは懲戒解雇を受ける旨の誓約書を作成し山崎、も同申請人が右条件を履行しないときは、山崎の責任で同申請人を退社させる旨右誓約書に連署してこれを会社にさし入れた。

(なお、右書面の(ハ)「在職中」上位を保持するとあるが、会社はしばらく同申請人の勤務成績を見るという程度のことを考えていたと認めるのが相当であり、その期間が具体的に何ケ月と双方が約束したと認められる疎明はなく、また同申請人が二、三ケ月の成績を見て貰う条件で右誓約書をさし入れたと認めるに足りる十分な疎明もない。)

5  その後申請人沢田は昭和三一年五月一〇日以後同月二〇日頃までは、会社東京営業所々属ダツトサンの運転手三〇名の一勤務当り営業収入の平均以上の成績を上げたが、その後同年八月四日までその成績はほとんど平均以下であつて、僅かではあるが、平均以上となつたのは同年六月五日、同月二一日、同年七月七日の三日間にすぎず、同申請人の同年五月中(四月二一日より五月二〇日まで)の月間水掲げ高、一勤務当り営業収入の点について三〇人中各二七位、同年六月中(五月二一日より六月二〇日まで)のそれは三〇人中各二八位、同年七月中(六月二一日より七月二〇日まで)の月間水掲げ高三〇人中二七位、一勤務当り営業収入同二二位と成績がよくなく、右成績不良の事実は同年七月二七、八日資料の集計ができ、会社側に明らかになつた。

二  右の事情から見れば、会社は申請人沢田が三回メーター不倒をしたので解雇にするつもりになつたが、山崎の口添により同申請人の成績も向上し、勤務態度に落度がないようならば、右行為を不問にふしてもよいと考え、同申請人にその機会を与えたのにかかわらず、同申請人は一向成績も向上しないと考えたと認めるのが、相当である。

1  同申請人は同年五月下旬に腹をこわし、一日は欠勤、一日は早退し、その頃約一〇日程の腹痛が続いたと主張し、ほぼその疎明もあるが、同申請人はその間普通の食事をし、ただその量が少かつた程度と認められるので、腹痛のため営業収入が著しく低下した程とも認められないし、いずれにせよ、その後の成績も良くないのであるから一〇日間の腹痛を考慮してみても、同申請人の成績が悪かつたとする会社側の判断が不合理であるとは考えられない。

2  同申請人は昭和三一年六月二七日同申請人の所属するメトロ交通労働組合が争議に入り、同申請人もこれに参加したのであるから、争議後の成績を問題とすることは不当であると主張する。

しかし同組合は当初ハンガーストライキを行い(同申請人は、この実行に参加しなかつた。)、その後同年七月末頃正式に安全運転の指令(交通法規を完全に守るということで営業収入を低下させる争議方法)を発したのであるから(ただし、当初は日をかぎつて指令し無期限に指令したのは同申請人の解雇後である。)、仮に同申請人が組合の安全運転の指令が出る前に組合機関の指示によらずに組合内の有志と共に営業収入を故意に下げる争議行為をとつたとしても(この点に関する同申請人の陳述以前にこれに相応する主張がなかつた点等から見て、同申請人がかかる行為に出でたとの疎明は当裁判所は採用しない。)、右の事情が会社側に知られていたとの主張、立証のない本件では、会社側が争議に入つたため前記誓約書当時予想しなかつた前記条件を履行することを期待できない特別の事情が生じたと思わず、争議後より七月末頃までの成績をも参酌して同申請人の成績を不良と判断したことを会社側の恣意に出てたものとすることはできないし、争議中の成績を問題とすること自体が誤りとすることもできないところである。

3  なお当時同申請人が担当していた車が修理時間の非常に多い車であつたことについては十分な疎明がない。

三  次に申請人の沢田誓約書提出後の勤務態度を見ると、

同申請人は昭和三一年五月一三日頃会社へ納金するに際し収入の中千円の未収があると届けたが、その理由を会社事務員中村宏にきかれた際、内二五〇円は「飯を食つた。」といつたことが認められる。

従つて右未収金は真の未収ではなく、営業収入があつたのに食事に使つたわけであり、疎明によればこれまで会社の運転手で公然未収の理由を食事に使つたからといつた者はなかつたことが認められる。

同申請人は、中村宏が同申請人についてのみことさら未収の理由を詰問したと主張するが、これを認めるに足りる疎明はない。

四  以上の申請人沢田の誓約後の勤務成績、勤務態度を綜合して見れば、会社は同申請人が二回ほぼ連続してメーター不倒をし解雇すべきところ、山崎の口添により同申請人の成績や勤務態度さえよくなれば、右メーター不倒行為を不問にふしてもよいと考え、その機会を与えたのに同申請人はその後約八〇日程たつても一向成績が向上せず、勤務態度にもよいとはいえない点もあるので、右メーター不倒行為を理由として同申請人の解雇の決意をしたものと認めるのが相当である。

五  申請人沢田は、右解雇は同申請人が争議に入つてから組合活動に熱心であつたので、これを嫌つて解雇したものであつて不当労働行為を構成すると主張する。

1  疎明によれば、

(1) 同申請人は昭和二九年一二月より翌三〇年二月までのストライキに参加し、青年行動隊員として街頭で資金募集等をし、争議後も友誼団体の斗争の応援に出かけたりしたことがあること

(2) 同申請人は昭和三〇年夏開かれた地区労政事務所主催の労働学校に入つたこと

(3) 同申請人は昭和三一年六月組合の夏期手当要求の際の団体交渉にオブザーバーとして出席し、同月二七日以後のストライキに際しては組合書記局に詰め、ビラ貼り等をしたこと

(4) 同申請人は執行委員ではなかつたが、世話好きで組合員から相談を受けることが多かつたことが認められる。

なお、同申請人が会社係長から暗に組合脱退をすすめられた組合員に脱退を思いとどまるよう勧告したことの疎明はあるが、この事実が、会社側に知られていたことについては十分な疎明がない。

2  (1)については前記争議中同申請人が会社から注目される程の活動をしたとの疎明はなく、同申請人の解雇前一年有余も前のことでもあるので、同申請人の右行為が本件解雇を決定する一事情となつたとはたやすく考えられない。

また(2)(3)の各事情も、それが本件解雇の動機となつたと認定しなければならない程会社が右事情を嫌悪していたと認めるに足りる疎明はない。

(4)については、同申請人が単に組合内において他の組合員から相談を受けて世話をやくばかりでなく、前記誓約書差入後二回程同僚の運転手の事故負担金に関する会社側の措置について係長に抗議するなど対会社関係においても同僚のため面倒をみていることが認められる。

疎明によれば、申請人沢田は右二回共会社側の事故処理の経緯を誤解していたようで、そのため第一回の抗議の態度は相当激しく、係長も一時は「癪にさわつた」程であり、別の件で同係長に抗議したときは、同係長は組合執行部に赴いて居合せた執行委員に事故処理の経緯を話し了解を求めていることが認められる。

弁論の全趣旨と疎明によれば、右の件について、会社側は同申請人をややもすれば上司につきかかる反抗的人物と考え、このことが会社において同申請人解雇の決意を固めるについて、その一助となつたものと認められる。

以上の同申請人の抗議は、同僚の労働者のため会社側の措置に対し苦情を申し出でたものであるから、かような行為は組合活動の基礎となるものであつて、同申請人のような役のつかない組合員としてはなかなかやりにくいことでもあり、また会社からは嫌われ易いことでもあるので、本件解雇が争議中行われたことと関連して、会社が本件解雇を決定するについて同申請人の苦情申出にどのように比重をおいていたかは問題ではあるが、疎明によれば、会社側が同申請人が苦情を申し出でたこと自体を嫌つたというよりも、同申請人が事情をよく調べもせず、早のみ込みで抗議し、しかもその抗議の態度がいわば「くつてかかる」という調子であつたことを反抗的と考えたと認められるから、右の抗議が同申請人のいう組合内の「世話やき活動」であるとしても、かかる「世話やき活動」自体が会社から嫌われたと認むべき事情にとぼしく、前記認定の本件解雇の経緯から見れば、同申請人のメーター不倒行為に対する処分を保留すべき事情のなくなつたため、右メーター不倒行為を理由としてなされたものと見る方が相当と考える。

3  同申請人は、会社の運転手でメーター不倒行為を理由に誓約書を書かされたり、解雇されたものは同申請人以前にはなかつたから、本件解雇はメーター不倒行為を理由としてなされたものでないと主張する。

しかし、申請人沢田が右誓約書をさし入れた当時争議中ではなく、それまでの同申請人の組合活動にも見るべきものもなかつたのであるし、会社も同申請人の解雇を固執したわけでもないから、会社が同申請人に懲戒事由に当るメーター不倒行為があつたことを理由に退職を勧告したり、誓約書をさし入れさせたことがそれまであまり前例のないことであつても、かかる会社側の態度を目して同請人の組合活動による差別待遇と見ることは困難である。

そして、その後の同申請人の組合活動が特に会社から注目される程であつたことの疎明もなく、また前説明のとおり同申請人のメーター不倒行為に対する処分を留保する条件を同申請人が守れなかつたのであるから、たとい同申請人の解雇が争議中であり、また本採用の従業員でメーター不倒行為を由理として解雇された者が同申請人が最初であるとしても、同申請人に対する解雇は前の誓約書以前に会社が決定した意図の継続によると認める方が特にその間の同申請人の組合活動が顕著であつたことの疎明のない本件では相当と考えられる。

4  同申請人の提出する原四郎の疎明書等に見られる会社神奈川営業所内における組合員と第二組合員とのいわゆる「差別待遇」について同申請人がいかなる主張をするのか必しも明白ではないが、後記のとおり同申請人に対する就業規則の適用が必しも、不合理とも思われないので、本件解雇はむしろ相当の根拠のある処置と認めるのが相当である。従つて右解雇はその根拠の故になされたと見るのが通常であるし、反面同申請人の組合活動が顕著であつたとまでは見られないのであるから、本件解雇は同申請人が組合員であるがため、ことさらになされた差別待遇と見ることはできないところである。

5  以上のとおり、同申請人の解雇は不当労働行為であるとの主張は疎明なきに帰するというべきである。

六  次に同申請人は「同申請人のメーター不倒の内一回は処分ずみであり、他の二回は未確認であるのに特に不利な誓約をさせ、他の者よりさして、成績が悪いということもないのに誓約書をたてにとつて解雇をしたのは解雇権の乱用である。」と主張する。

しかし、後の二回のメーター不倒行為は、前認定のとおり、同申請人も誓約書において自認しているのであるから、かかる行為があつたと見るのが当然である。

そして、(イ)同申請人の二通の誓約書によれば、かかる行為は「不祥事」であり、懲戒解雇事由である前掲就業規則第七八条第八号に該当することを当然としていること、(ロ)会社は当時運賃の値引を認めていたことを合わせ考えれば、右二回のメーター不倒行為は、前掲就業規則の条項にいう「業務上不当に自己の利益を図り、若しくは図つたとき」に該当すると認むべきものであつて、しかも右二回の行為は最初頓所係長から注意されてから一〇日後とその一週間後の行為であるから、会社が同申請人に退職を勧告したり、前記誓約書を入れさせて解雇を留保したことが特に不利益な取扱とは認められない。

そして前認定のとおり、同申請人のその後の勤務成績はメーター不倒行為に対する処分を留保しなければならない程良好であつたとは認められないのであるから、同申請人に対する解雇が社会的に不相当な解雇とは認められず、従つて、同申請人主張のように解雇権の濫用とは認められない。

七  以上のとおり、申請人沢田に対する解雇は無効であり、依然会社との間に雇用関係が存するとの主張はいずれも理由がない。

第五  両申請人の本件仮処分申請については、いずれも本案の権利の疎明がなく、申請の如き仮処分をするのを相当と認めないから右申請はいずれも却下し、申請費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判官 西川美数 大塚正夫 花田政道)

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